今回は、宮島未奈さんの「成瀬は天下を取りにいく」を読んでの感想です。
周りからの評判どおり、とにかく面白かった。時間を忘れて夢中で読み進めている自分がいて、最後のページを閉じた後、これからの時代も捨てたもんじゃないと優しい気持ちになれました。
この本の魅力は「面白い」だけでは語れない所です。
読み進めるうちに、今の時代に失われつつある“真っ直ぐに生きることの素晴らしさ”を思い出させてくれる物語だと感じました。
周りに気を遣いすぎてしまう日々や、人の目を気にして目立たないように過ごす日々。
そんな、ちょっと疲れた大人の心に、そっと優しく触れてくれる一冊です。
この記事では、物語の内容を辿りながら私自身がそこから何を受け取ったのかを、丁寧に言葉に残してみようと思います。
主人公の悩みから始まらない青春小説という新しさ
物語の冒頭。
「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」
この一文で私は、これからとんでもない青春物語が始まりそうなワクワク感でいっぱいになった。
青空の下で何かが始まるような高揚感を味わいながら読み進めていると、いきなり裏切られる。
悩む暇もなく自分の感情に従って真っ直ぐ進む主人公
私が知っている青春小説は、だいたい主人公が“悩むところ”からスタートする。
進路、人間関係、恋愛、自分のアイデンティティ…。
たくさん悩み、ぶつかり合い、乗り越え、強くなる。
それが私の中に根付いている青春小説の定番。
けれど本書の主人公である成瀬は違った。
最初から悩みはゼロ。
むしろ、自分のやりたいことに一直線で、衝動に忠実で、迷いがない。シャボン玉を極め、漫才に挑戦し、百人一首に高校生活を捧げる。
まるで「迷う」という概念が彼女の辞書には存在しないかのような描写が続く。
悩みや戸惑いを抱えるのは主人公の周りの人たち
一方で成瀬の真っ直ぐさに嫉妬したり、悩みや戸惑いを見せる主人公の周りの登場人物。
特に印象的だったのが、高校入学後に同じクラスになった大黒悠子とのシーン。
部活見学でたまたま一緒になった成瀬は、ほぼ初対面の大黒に
「おお大黒も一緒か」と声をかける。
大黒は答える。
「なんで私の名前を知ってるの?」
成瀬は不思議そうな顔で当たり前のように答える。
「さっき自己紹介で『大黒悠子です』って言ってたじゃないか」
私は笑ってしまったのだが、このシーンの“ズレ”が、彼女の魅力を存分に表現している。
自己紹介を聞いただけで相手の名前を呼び捨てできるのだ。
おそらく普通の人とは距離の概念が少しだけ違う。
けれど、それが不快ではなく微笑ましい。
それはたぶん、成瀬から大黒へ純粋で真っ直ぐに向けられた言葉だったから。
おかげで、このやり取りをきっかけに成瀬と大黒の距離はスッと縮まる。
“真っ直ぐさ”が紡ぎ出す純粋な人間関係
成瀬は、人の名前をすぐ覚える。
人が言った言葉もよく覚える。
決して自分の価値観を押しつけることはなく、“素直な心”で相手と接する。
部活の大会で遠征に来た広島の男子高校生を、琵琶湖観光へ案内するシーンもそうだ。
成瀬は地元の大津市民憲章に書かれた
「あたたかい気持ちで旅の人をむかえましょう」
という言葉を、忠実に実行する。
○大津市民憲章
わたくしたち大津市民は
一 郷土を愛し琵琶湖の美しさをいかしましょう。
一 豊かな文化財をまもりましょう。
一 時代にふさわしい風習をそだてましょう。
一 健康で明るい生活につとめましょう。
一 あたたかい気持ちで旅の人をむかえましょう。
なんて純粋で優しい子なのだろう。
私なんて地元の市民憲章の一つも言えない。
日本人は特に、
「怪しく思われたらどうしよう」
「迷惑だったらどうしよう」
「嫌われたらどうしよう」
そんな不安をいくつも抱えて動けなくなることがある。
成瀬は、その心の“ブレーキ”が一つもない。
そして、広島の高校生はそんな成瀬の姿にどんどん惹かれていく。
真っ直ぐな成瀬と純粋な心で成瀬に惹かれていく高校生。
こんなにも愛おしい人間模様が見れるとは思っておらず、私はとても優しい気持ちに包まれた。
現代社会が忘れつつある「自分の感情と向き合う」大切さ
私は読み進めながらふと考えた。
「今の時代、成瀬みたいな子って、減ってるよな」と。
私にも小学生の姪っ子がいるが、
SNSで承認欲求を満たす。
学校で浮くのが怖い。
インフルエンサーの真似をする。
最近はこういう子たちが多い気がしている。もちろん、これが悪いと言いたいわけではない。“自分の感情と向き合う”機会が減っているのではないか、と心配になるのだ。
「変わり者」ではなく、「本来の人間らしさ」
子どもに限らず大人もだが、
目立たないように。
嫌われないように。
空気を読み間違えないように。
そんな風に、心の自由がどんどん狭くなっている気がする。
成瀬のような、
“自分の感情に正直に生きる子”は、ある意味で貴重だ。
周りからは「変わり者」と呼ばれるかもしれない、でもこれが「本来の人間らしさ」だと思う。
自分に素直になることで、周りを幸せにすることができる
成瀬の真っ直ぐな行動は、誰かを傷付けるのではなく、
むしろ周りを明るく照らしていく。
西武大津店の閉店が決まり、夕方のテレビで閉店までのカウントダウン中継が始まる。
成瀬は「何か爪痕を残したい」と、毎日テレビに映り込みに行く。
そして、親友も巻き込んでいくのだが親友は無理やり連れて行かされるわけではなく、一緒に楽しんでいて、親友の母もその姿をテレビで楽しんでいるのだ。
成瀬の思いつきで始まった行動が、明らかに周りを明るく照らし小さな幸せを生み出している。
また、漫才に挑戦したことで、地元のお祭りの司会に抜擢されて老若男女の新しいコミュニティも築く。
彼女を見ていると、
「自分の好きなものに夢中でいいんだ」
と思わせてくれる。
周りを気にして、縮こまる必要はないのだ。
主人公の真っ直ぐなだけではない“優しさ”
そんな成瀬が、終盤になって親友の島崎との関係性について悩む。
「今まで、いろんなことに巻き込んでしまったな。私のせいで、島崎がいろんなことを犠牲にしてきたのではないかと思ったんだ」
ここは正直、胸にきた。
悩んだ理由が、自分のことではなく
“相手の時間”を思ったから――
という点に、成瀬の優しさが詰まっている。
真っ直ぐ生きる人は、ときに「自分勝手」と誤解される。
でも成瀬は違う。
彼女は“相手の心”をしっかり見ている。
だからこそ、島崎はこう答えたのだと思う。
それは違うよ。漫才だって司会だって、断ろうと思えば断れたでしょ。成瀬と一緒にならできると思ったからやってきたの」
なんと優しくて美しい青春小説なのだろうと、思わず涙が出そうになった。
この本から得た“生き方のヒント”
本書を読み終えて、私は3つのことを強く感じた。
好きなことに真っ直ぐでいい
夢中になれることって、実はとても貴重だ。
大人になればなるほど、
「やりたいこと」より「やらなきゃいけないこと」が増える。
社会に出れば「周りからの評価や見られ方」も気にし始める。
そんな中でも、
自分の気持ちに正直になって、自分をもっと大切にしていきたい。
自分らしさは“他人の基準”では決まらない
誰かの価値観に合わせて縮こまったままでは、人生は動かない。
成瀬の言葉や行動は
「自分がどう見えるか」で動いているのではなく、
「自分がどうしたいか」で動いている。
自分らしさや自分の魅力は他人が決めるものではなく、すでに自分の中にある。それに気付くことから始めよう。
そばにいてくれる人を心から大切に
人との関係は、奪うか与えるかの二択ではない。
一緒に笑ったり、
一緒に歩いたり、
ちょっとした時間を共有するだけで、
人は救われることがある。
今、そばにいてくれている誰かは嫌で一緒にいてくれているわけではない。もし一緒にいたくないと思われたらその人は勝手に去っていく。
ちょっとした価値観のズレやタイミングのせいかもしれない。別にどっちかが悪いわけでもない。だから去っていく人をわざわざ追う必要はない。
でも今、そばにいてくれている人がいるのであればそれは運命。心から大切にしよう。
まとめ:真っ直ぐな人がいるだけで、世界は少し優しくなる
最後のページを閉じた瞬間、
私の胸にはやさしい温かさがじんわり残った。
「これからの時代も捨てたもんじゃないな」
そう思わせてくれたのは、
成瀬というキャラクターが、
ただ“真っ直ぐでいる”だけで世界を少し明るくしていたからだ。
そして同時に、僕自身にも問いかけてくる。
もう少し、自分の感情に素直に生きてもいいんじゃない?
本当にやりたいことを、やりたいと言っていいんじゃない?
この物語は、
そんな“やさしい背中押し”のような一冊だった。


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